読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

本買うゆえに我あり

買っただけで満足して何が悪い‼︎

巻田悦郎『ガダマー入門』(アルテ)という本

    悪いことをしてしまった、悪を為せるのはただ他者に対してのみである。
    ある書店の哲学書コーナーで本を眺めていたら、爽やかな青年に声をかけられた、「哲学がお好きなんですか」と。書店で声をかけることもかけられることもまずほとんどない。しかしこと哲学に限ってはそうでもない経験がある。哲学書コーナーにはほとんど人がいないため、人がいればよく目立ってしまう。書店ではないが、図書館の哲学書コーナーで声をかけられ、フッサールで盛り上がったことがある。
    声をかけてきた青年もその類いかと勝手に期待を膨らませ、「好きですよ」と応えた。すると青年曰わく、「僕もヨガとかのスピリチュアルに興味があるんですよ~」。私は静かにキレた。なにより私の勝手な期待を弄び裏切ったこと、「哲学に興味ある奴」を「スピリチュアルに興味ある奴」と同一視したことに対して。以下、会話。
    青年「僕がうつ病だったときに出会った先生がもうとにかくスゴい方で、先生のおかげでうつ病が治ったんですよ~先生と話してみませんか~本を読むのと人の話を聞くのでは全然違うと思うんですよ~」
私「その先生の本とかホームページとかあるんですか?」
青年「ないんですよ~先生が直接話して見込みがあるかどうか選ぶんですよ~」
私「先生が亡くなられたあとはどうするんですか?そんなにスゴい方の教えをあなたが教えられるものですか?ここにある哲学書の著者はほとんどくたばってますよ。それでも時間と空間を超えてきてますよ。だったらあなたの先生は著書を残すべきだ!先生のスゴさは歴史が証明してくれますよ!」
青年「…」


青年「僕も明日、髪を剃ろうと思ってるんですよね~ヨガってそういうとこもあるんですよね~」 
    おそらく青年は私の五厘刈りの頭を見て言ったのであろう。
私「だったらなぜ今まで切らなかったのですか」
青年「…」

    本書はそうした解釈の葛藤、そしてその地平について考えた哲学者ガダマーの入門書である。はてさて、手元には青年の連絡先がある。明日、青年に、髪を切りましたかと聞いてみるべきかどうか…。


以上